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記憶をたどれば・・・

2005.10.27.21:16

何度かおきたショック症状による、霧の向こう側の記憶は、まだ良く見えていません。

鮮明に甦ってくるのは、いつも1998年高知豪雨です。
どうもそれがポイントのような気がしてなりません。
ゆっくゆっくり、ほどいていきましょう。

雷が鳴り響き、来る日も来る日もバケツをひっくり返したような雨でした。
そして9月24日。
高齢の母は、もしもと考えて2階の私の部屋まで引きずりあげ、オムツを取りに降りた足下が家を持ち上げられるような音と共に、あっという間に濁流が入ってきたのです。

一階部分が浸水しました。
日頃から、水や米は少しは確保していたのですが、その他の持ち出しをする間もなかった。
自家製保存食(梅干し・らっきょうなど)も全て駄目。
高所のものは僅かでも助かりましたが、食品・衣類・電化製品など必要なものは殆ど駄目でした。

大切な生活の足、車も3台とも屋根まで水没。
出かけることもならず、また近隣の食品販売店も全て水没して食べるものもありません。

雨はそれからも降り続き、湿気でゴミの腐敗臭なども追い打ちを掛けてきます。

被災後の生活が、苦しみの始まりだったのかもしれません。
気丈に後かたづけを始めてはみたけど、何も考えられない日々が続くのです。

気温・湿度とも高いため、消毒が始まり衣類・食器・全てのものは一度消毒液に浸して使用するように指示がありました。
何も疑わず、ドンドン消毒液を素手でバケツやタライなどに溶液を作り浸していきました。

水の引いた家の中も、ドラム缶から流れ出たの臭いが酷かった。
浸水した場所には、消毒液をふんだんに使用。
壁や床はカビの胞子が繁殖してきていました。

壁の一部を壊し、断熱材Oラスウールが汚水を含んで破裂しているのを見た時の事でした。
物凄い臭いとピリピリした感覚があったのを、記憶の中から引き出すことができました。

過労から風邪をこじらせ、微熱と咳がどうにも止まなかった。
台所は使えないため、食事もきちんと食べてなかったのです。

体力が上がらないから点滴をしましょうと、栄養成分の点滴一ヶ月半も継続していったのです。

毎日もうろうとしながら、片付けは何週間も続きました。
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水害

2005.11.05.23:38

ほんとに~滝壺に居る様な雨でしたね。
職場は30cm程の浸水でしたが、ほんとに拭いても拭いても、除湿機をフル稼動させてもカビが出ましたね。
思い出すとゾッとしますが、町中ゴミの山で~消毒液が撒かれていましたね。
ほんとにお疲れさまでしたm(__)m

封印したい記憶

2005.11.06.10:44

そっとしておきたかった記憶です。
でも、この日を境に日常が一変したものですから、私にはトラウマになっているようです。

今でも、雨・雷などがキーワードで不眠や不調がおきるのです。
なかなか、吹っ切れてくれませんし、ストレス度が高いのは、よくありませんね。

この当時に肺炎を発症、今も肺には白く既往があります。かび胞子も一因だったのでしょうかね?

風邪をひくと、熱もさることながら、咳が治まりません。難しいですね。
プロフィール

ままさん

  • Author:ままさん
  • 発症は2000年。きっかけはシックハウス?中枢神経障害に悩まされつつ、欲張らないよう言い聞かせての日記です。
    高知県南国市在住・60代・女性

    ゆるゆると、回復への道を歩いています。
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