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母の旅立ち

2011.10.14.08:10

2011.10.7日(金曜日)夕方。
最愛の母が、ホッと大きな息をつき静かに永久の眠りにつきました。
もうすぐで1世紀に手が届く98才でした。

無事葬儀、初七日も終えましたが、10数年の介護生活を通して深く傷ついた心は、回復までに未だ少し時間がかかりそうです。
記憶も留まってくれるわけがないので、思いつくまま記録として書き記すことにします。

……………☆☆
《母との暮らし》
母との穏やかな日々は、1998年9月25日「'98高知豪雨災害」で止まってしまいました。

1階にあった母の介護部屋が水没したため、水害翌日に市の福祉担当職員の勧めで介護施設に移り、この日から家族と共に過ごす当たり前の日常が無くなることになろうとは、誰も予測できるものではありませんでした。

自宅の修復が終われば、元通りの生活が始まると考えてました。
ところが、なんとか住めるようになったら、今度は激甚災害法による河川改修工事のため立ち退きとなってしまったのです。

疲労が重なる身体で、新たな土地を探し続けますが、被災者人数も大勢だったため、近場で希望する土地がなかなか見つからず、徒労で泥のような重い体を引きずる日々。
迫り来る期日に、精も根も尽き果て、正しい判断力を失いながら、ただ必死に前進するのみ。

もとどうり自宅介護を希望し、大急ぎで設計を進めやっと出来た新居に移転。
まさかと思う不幸なことに、シックハウス症候群を発症。

こうして、この水害が心の時間をロックし、深層意識に大きなストレスを刻み、折り重なるストレスに、私の体は悲鳴をあげていったようです。


それでも、母と住むという希望の通り、心身ともボロボロになっても介護を続けたのは、思考力判断力ともコントロール不可能になっていったようです。
ケースワーカーさんの判断で、施設介護に移行しお願いしてきました。
結果的に、寂しい日々を過ごさせてしまうことになったのです。

面会に行けば、「こんなところは嫌だぁ~~!。連れて帰ってよ~~」
オ~イオ~イと嗚咽し、すがりつくのです(×_×)
涙を堪えて笑いながら、また今度ね・・・
これを何度となく繰り返すしかなくて・・・
辛くて辛くて・・・(涙)

こうして10数年、施設も転々とさせられながら、母を泣かせてしまったことに、悔し涙と我慢とともに歩いてきたのです。

化学物質過敏症という病気でなければ、どうしようもない日々を悔やみ、ここまで自分を押し込める生活は無かったでしょう。
自分自身の症状は我慢できるのです。

でも、母にもそれを強いてきたことの後ろめたさは、どうしようもなく心を深く刺してしまったのは事実です。
母には何の落ち度もないのです。
家族と共に住むのは当然だったし、家族と会うのも当然だった。
それを、遠ざけたのは化学物質過敏症。

私が母を嫌ったのでは無いのです。
母も何も我が儘を言って困らせたのでは無いのです。
普通に、日常を送りたかっただけでした。

病院から連絡が入ったのは2週間前、もしもの時にはどうしましょう。
延命処置は望みませんので、本人の命のままにお願いします。
家族は、それぞれお別れの挨拶に出掛けてきました。

仕事から帰った次男に直ぐに病院に連れて行って貰ったら、私が到着するのを待ちかねたように、母の呼吸はだんだんか細くなっていくのがわかりました。
それでも、大きな愛に包まれるような穏やかなお別れの時間をもつこともできました。

こんなにも、長い間ひとりぼっちにしてしまったのに、最後はそんな私を許してくれたかのような母の暖かい愛に、ただただ感謝しかありません。

とりとめもない文章を羅列してますが、これから手を加え訂正するかも知れません。
読まれた方にはすみません。
まだ、心が定まっていないのでお許しを・・・

どんな言葉でも、表現できるものではありません。
今も、まだ泣くことができないのです・・・

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お悔やみ申し上げます

2011.10.18.23:27

どんな言葉をかければいいのかわかりませんが・・・
お母様のご冥福をお祈りいたします。

私の実家の父も3年近く介護施設にいて、
ときどき実家に外泊することがあると、
「もう二度と施設には戻らない」といって
母を困らせます。
私もそれを見ると、つらくてしかたありません。

母もとても罪悪感を抱いているようです。
母にかける言葉も見つかりません。

化学物質過敏症で、できないこと、行けない場所などたくさんあり、
家族にしてあげたいこともできないことが多く、
無念な思いになることがあります。

ままさんのお気持ちが少しでも軽くなりますように。
心が安らかになりますように。
お祈りしています。

言葉足らずですみません。

Re: お悔やみ申し上げます

2011.10.22.14:01

優しいお言葉ありがとうございます。
今は、残された様々な事柄の片づけに追われる日々。
悲しいと思う余裕が無いのが現実です。

> 私の実家の父も3年近く介護施設に・・・
> 母もとても罪悪感を抱いているようです。
> 母にかける言葉も見つかりません。
> 化学物質過敏症で、できないこと、行けない場所などたくさんあり、
> 家族にしてあげたいこともできないことが多く、
> 無念な思いになることがあります。

本当に、CS患者の家族は普通の介護が叶わないのです。
この無念さは、なかなか静まりそうにありません。
お母様、貴女様のお気持ちもお察しします。


> ままさんのお気持ちが少しでも軽くなりますように。
> 心が安らかになりますように。
> お祈りしています。

日々是薬・・・とか、薄紙を剥がすように、長い年月が必要かも知れません。
母との楽しかった暮らしを懐かしむ時がやってくるのを、じっと待つことにしましょう。

暖かいお心遣いに感謝しています。
ありがとうございました。

どうか安らかに

2011.10.27.22:31

お母様のご逝去
お悔やみ申し上げますとともに
ご冥福をお祈りいたしております。

大切な人を失った痛みは
消えることはありませんが
穏やかな心で思い出を懐かしめる日が
いつかはきます。

そのときを、ままさんが迎えられますよう
心から祈っています。

大丈夫。
お母様は解放されたのです。
今、自分を責めてらっしゃるままさんをみてて
心配してらっしゃるかもしれませんよ。

子としては悔いがあるでしょうが
親として思えば
子が自分のために心塞いでいるのは
つらいではありませんか。

どうかどうか
ご自分を責めないで

思い切り泣いてください。

心も体も、無理をなさいませんように。



Re: どうか安らかに

2011.10.28.13:24

ありがとうございます。

> お母様は解放されたのです。
> 今、自分を責めてらっしゃるままさんをみてて
> 心配してらっしゃるかもしれませんよ。
> 思い切り泣いてください。

そうですね。
いつまでもこんな状況では、母に心配をかけるかも
知れませんね。

もう少し時間が必要なようです。
薄紙を剥がすような・・・
プロフィール

ままさん

  • Author:ままさん
  • 発症は2000年。きっかけはシックハウス?中枢神経障害に悩まされつつ、欲張らないよう言い聞かせての日記です。
    高知県南国市在住・60代・女性

    ゆるゆると、回復への道を歩いています。
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