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回想:浸水被害後の処置・3

2014.08.17.13:19

・・・回想・・・
銀行や買い物は、車が全て水没し外出不能。
毎日、冷たいおにぎりなどが配布されたものの、どんどん食欲は落ちていき、体力気力も萎えていきました。

たった一人での片づけも限界でした。

災害後は、絶対手助けが必要です。
いまでは、助けあいボランティアが当たり前のようにマスメディアがとりあげます。

当時は神戸震災後、災害ボランティア活動が動き始めたばかりで、まだ意識が稚拙で横暴な態度にとても傷ついたことでした。

大切に取ってある物を勝手に廃棄処分され、割れたガラスなど家人が怪我するような物も整理されず捨てられ、庭はゴミ捨て場の状況。
タバコの吸い殻を捨てながら大声で喋りまくり、喉がかわたけど水は?・・・などなど、不快きわまりない傲慢な態度でした。
とても被災者に寄り添ってくれているとは思えない方が目立ち、被災者より先に弁当を食べ、私たちの食事が足りなくなったりとか・・・・・

そんな方ばかりではなかったのでしょうが、ボランティア精神が浸透していなかった時代なのでしょうね。

私には我慢できる範囲を越え心労が重なるので出入りをお断りしたら、来てやっているのにナンダ、困っても知らないぞ!とか捨て台詞を浴びせて去っていかれました。
皆さんが引き揚げてから、庭の片づけをし直し、廃棄された大切な物を探すことに更に疲労が重なりました。
悲しかった~~。
水害でのダメージも当然のことながら、この言葉がより一層突き刺さって悲しかった。

それでも、生きていかなくては!!
思い直し、ただただ黙々と片づけました。
しかし、延々と続くこの作業に、身も心も疲弊していきました。

・・・・・続く・・・・・
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回想:災害後の処置。2

2014.08.17.11:18

消毒について
過去記事  http://mamasanndesu.blog5.fc2.com/blog-entry-56.html
・・・気温・湿度とも高いため消毒が始まり、衣類・食器・全てのものは一度消毒液に浸して使用するように指示が・・・
ここから、CS発症がはじまったと考える・・・

・・・・・・・・・・・・☆
サポーターさんからの投稿を転載します。

2014年8月11日 11:30
薬剤散布に気を付けてください。
サポーターさんが記事を書いてくださいました。

生野 宜宏

水害の後は気をつけてください。
浸水箇所の消毒や、農作物への農薬散布などで、化学物質過敏症にかかる人が激増します。
頭痛、吐き気、めまい、腹痛、痺れ、咳、発熱・・・・・今まで平気だった物が我慢できなくなります。
あなたのその症状は、風邪などではなく、CS(化学物質過敏症)かもしれません。

以上転載終了
・・・・・・・・・・・☆
回想
消毒剤は、毎朝500ml瓶の配布が公民館からマイク放送で行われました。
正しい情報を入手する意識を持てなかったのだろうと思うけれど、日本赤十字さんから教えてもらった記憶が残っていません。
家中、屋外、全てに消毒剤が撒かれたことは間違いないのですが、希釈倍率が守られていたようにも思われません。
そして私のように、疲労困憊した被災者が正しい使用法を理解できたかというのも・・・・・

皮膚から呼吸器から侵入した化学物質は、大量にまた長期的に存在し、その中で暮らしたことにより、肺は真っ白で肺炎を起こし、微熱も1カ月以上続き、まともな食事はとれていません。
現在も肺は、白く濁った状態です。

・・・・続く・・・・

考察:浸水被害後の処置

2014.08.15.10:12

私の1998年高知豪雨体験です。
フラッシュバックにタジタジし、なだめなだめ記憶をひも解くことにしました。

今でいうゲリラ豪雨ですが、その当時はTVもラジオも災害報道が全くされてなく、歌番組が延々続いてました。

浸水部分は階段の中ほどまで、キッチン、居間、風呂、トイレ、日本間2部屋が水没し、生活機能が完全麻痺、2F2間での生活。
マスクをするという意識もなかったし、ただ茫然としてどうにかしないと・・・(当時はCS発症前)
母を施設に預け、夫と2人だけでかたずけを開始したが、夫は職場に行くので結局1人でやるしかなかった。

幸いまだ水道が出ていたので、急ぎ家の中の物を外に出し室内を水で洗浄。
居間・・・敷き込み絨毯は、カッターで切り取り廃棄処分。書籍や雑多な物も外に。
キッチン・・・残念ながら、大量の瓶詰め保存食も汚染されたので全て廃棄。その他、食器なども全て外に。
      <保存食は水没しない場所にストックするべき>
日本間・・・タップリ重くなった畳は、重く助けてくれる友人の手によって外に。
      タンスは、汚水をタップリ吸い込んで引き出しも開かずそのまま外に。
<金庫・・・耐火金庫は、防水ではない。大切な書類は全て滲んで解読できず。再発行が必要。浸水しない場所に設置すべきだった。
<実印・・・ツゲの木で造った印は、水分を含み形状が変化したとのことで、造り直す羽目に。
水回り・・・洗濯機や電化製品も外に出し、取りあえず汚水を洗浄。

そして、CS発症のキッカケとなる当時の回想
http://mamasanndesu.blog5.fc2.com/blog-entry-56.html
 
・・・続く・・・

新築2世帯住宅に入居

2006.04.13.11:53

2000年6月13日 新築入居。 
河川改修工事に、急がされるままバタバタと引越しをする。新しい家に入るが、待ち遠しいとか嬉しいとかそんな感想も持てず、ただ住む場所を確保したと言う感が正しい。


もうこれで全て落ち着く事が出来た。

2年間ひたすら走り続けていた身体を休める場所が準備できたが、まだ所有する全ての家屋の引越し・解体・引渡し等々残務処理があるので、終の棲家とすべく建てた我が家で寛ぐのは先の事になる。


梅雨も明け、暑い夏も毎日処理に明け暮れ、疲れもピークに達し気力だけで動いていた。



9月中頃には少し余裕がでてきたので、引越し荷物を開きはじめたのです。
身体に異変がおき始めていたのにも気づかずに・・・



10月23日、夕食後疲れてベッドで横になっていたら、身体が沈むような脱力感に襲われる。
腹痛がはじまり、激しい下痢。微熱(37.5℃)。
腹部や手に、赤い湿疹ができ痛みを伴っていた。


①内科受診→疲労からくる腸炎。
エコー・血液検査の結果食中毒でもないし、腹部にも異常は見られない。血液検査にも異常無し、念のためアレルギー検査をお願いする。
過労による胃腸炎と診断、胃腸の炎症を改善する薬がだされた。(アレルギー結果は特記するような項目は無し)
2~3日内服薬を飲むも改善するどころか、手の表皮が溶け始め痛みも増す。


②皮膚科受診→上半身写真撮影、皮膚組織採取、検査結果は1週間後と説明されるが、その場で重症のアトピーと断定。ステロイド5と内服薬を多量に出される。
未だ結果は出ていないのに?・・・



納得がいかずその足で内科(診療所)を受診。付き添ってくれた方がこれまでの経緯を話してくれていたので、特別に時間外受診する。

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激甚災害法適用河川改修工事

2006.01.09.12:21

これは回想です。

災害後、県は河川改修を始めるという。
名称、激甚災害適用河川改修工事だと呼ぶそうです。

何が普通の改修工事と違うかというと、<国の助成金での工事>です。
貧困を極めている県政での工事では、完成もおぼつかないし規模が縮小され、これから起きるという南海地震から地域を守る為にも一日も早く完成を・・・と言われたが、説明があったのはもうすでに決定事項ありきで、変更は難航を極めたものでした。

さあ、皆さんの生命財産を守るための工事なんですよ。だから何が何でも立ち退いてください。こちらの言い分道理に、早く早く・・・。。。

毎日毎日、朝晩夜遅くにも、まるで地上げ屋のような手法で、水害後の体調不良も回復せず、苦しんでいるのにTEL、メモ、名詞等々で、とうとう私は胃潰瘍とノイローゼになってしまいました。

自宅は住宅ローンがやっと終わって、これからゆっくり生活が送れる予定でしたし、母の名義の貸店舗も各自生計問題があって私の意志ではどうすることも出来ません。
保証制度は、個人の理由は関係なく名義人をひとくくりにして保証金が支払われるものでした。

替わりの土地を購入するのにも現金が必要ですが、入居者が立ち退かない場合は不可抗力です。

そうこうしているうちに、有らぬ噂が耳に入ってきました。
保証金の増額を狙って居座っている。だとか・・
自分勝手な理由で、入居者を追い出す。だとか・・・
(行政が施工するものは、個人交渉はしなくても良かったのです。)

まだ酷いのは、工事が遅れてしまったらあんたが居座ったからで、もし災害が起きたら弁償しろとか、訴えてやるとか・・

私達が何をしたと言うんですか?
災害被害者なんですよ。
支援してくれとは言わないけど、こんな仕打ちはないんじゃないですか?怒り心頭です。(@@)

自分の産まれ育った故郷をこんな形で出て行かなくてはならないなんて、考えたことも有りませんでした。

ボロボロに傷ついて、ただひたすら土地探しに明け暮れ、自宅と貸家の新築工事の打ち合わせ、入居者の交渉、引っ越し準備、解体工事打ち合わせと、治療している暇もありません。

夜は泥のように倒れて、朝早くから手続きに掛かる一人10人役位の働きをしていました。

自分がこれから住む家です。
出来るだけ良い環境を(こんどこそ、水害にあわない場所)を探しました。
シックハウスのことも少しは頭をよぎっていたのでしょう。
壁紙など何点かに注文をしたように思いますが、記憶が定かではありません。

この頃は、自分は殆ど考えて行動をしているというより、予定に追っかけられて、どんどん私ではなくなってしまっていたのでしょうね。

思考回路が、壊れてしまっていたのでしょうか?

被災調査と建築工事

2005.11.19.15:40

災害救助法の適応の為、被災状況の調査が実行されました。

家は道路から1.5m以上の高さに建っていました。
浸水の測量は床上1m20cm、ということは2mを超える水が一気に激突したと言うことになる訳です。

O分川(家から4km位程北)を超え溢れた水が猛スピードで来たのです。
水圧は凄いのです。床が持ち上げられて傾いています。
缶コーヒーが転がっていくのです。
平行神経バランスがおかしくなってしまいそうでした。

命は助かったものの、今後のことはと考えても何も思いつかなかった。
母を一日も早く帰宅させてあげたい一心で、とりあえず住めるようにしなくては・・・。
しかし、河川改修工事の話もあるし、移転する予定の家にお金を掛ける余裕もないが、かといって放置して置くわけにはいかず眠れない日々が続いたものです。

ハウスメーカーに現状調査を頼み、改修する費用及び日程等を算定してもらう。
多額の費用が算定される。
苦渋の決断です。
いつ立ち退き要請があっても、おかしくない状況の中での工事は必要最小限度で御願いし着工しました。

2階部分に住みながらの工事で、施錠が出来ないので、何をするにも重要なものは必帯するという毎日。


気が休まる間もありません。
緊張の連続です。
このストレスが以後に、影響を与えていったような・・・。

記憶をたどれば・・・

2005.10.27.21:16

何度かおきたショック症状による、霧の向こう側の記憶は、まだ良く見えていません。

鮮明に甦ってくるのは、いつも1998年高知豪雨です。
どうもそれがポイントのような気がしてなりません。
ゆっくゆっくり、ほどいていきましょう。

雷が鳴り響き、来る日も来る日もバケツをひっくり返したような雨でした。
そして9月24日。
高齢の母は、もしもと考えて2階の私の部屋まで引きずりあげ、オムツを取りに降りた足下が家を持ち上げられるような音と共に、あっという間に濁流が入ってきたのです。

一階部分が浸水しました。
日頃から、水や米は少しは確保していたのですが、その他の持ち出しをする間もなかった。
自家製保存食(梅干し・らっきょうなど)も全て駄目。
高所のものは僅かでも助かりましたが、食品・衣類・電化製品など必要なものは殆ど駄目でした。

大切な生活の足、車も3台とも屋根まで水没。
出かけることもならず、また近隣の食品販売店も全て水没して食べるものもありません。

雨はそれからも降り続き、湿気でゴミの腐敗臭なども追い打ちを掛けてきます。

被災後の生活が、苦しみの始まりだったのかもしれません。
気丈に後かたづけを始めてはみたけど、何も考えられない日々が続くのです。

気温・湿度とも高いため、消毒が始まり衣類・食器・全てのものは一度消毒液に浸して使用するように指示がありました。
何も疑わず、ドンドン消毒液を素手でバケツやタライなどに溶液を作り浸していきました。

水の引いた家の中も、ドラム缶から流れ出たの臭いが酷かった。
浸水した場所には、消毒液をふんだんに使用。
壁や床はカビの胞子が繁殖してきていました。

壁の一部を壊し、断熱材Oラスウールが汚水を含んで破裂しているのを見た時の事でした。
物凄い臭いとピリピリした感覚があったのを、記憶の中から引き出すことができました。

過労から風邪をこじらせ、微熱と咳がどうにも止まなかった。
台所は使えないため、食事もきちんと食べてなかったのです。

体力が上がらないから点滴をしましょうと、栄養成分の点滴一ヶ月半も継続していったのです。

毎日もうろうとしながら、片付けは何週間も続きました。

未知との遭遇

2005.10.23.19:44

<未知との遭遇>発症時ワープロで綴っていた箇条書きの日記。
書き出しには、そう打っていました。

発症から5年が過ぎました。
当時の日記を読んでいるうち、自分を取り巻く環境や体調にも少しずつ変化が見られるようになり、再認識したことや漏れていたことなどがあることに気づき整理してみようと思うようになりました。

体調と相談しながらの作業になると思いますが、時間は有り余るほどもっていますから、トロトロと始めてみます。

プロフィール

ままさん

  • Author:ままさん
  • 発症は2000年。きっかけはシックハウス?中枢神経障害に悩まされつつ、欲張らないよう言い聞かせての日記です。
    高知県南国市在住・60代・女性

    ゆるゆると、回復への道を歩いています。
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