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28日に退院

2011.12.23.20:02

夫から携帯に電話が入り、28日退院が決まったと言う。
着替えや靴など帰宅準備衣類を持ち病室へ。

松葉杖で歩けるようになっていました。
トイレは何とかなるかも知れないけど、風呂や食事に介護が必要な様子かな~。
今日は祭日、その上担当医が風邪でダウンしているとか、土、日曜と重なり状況を聞こうにも、週明けを待つしかないようです。
28日は水曜日、退院までにしなくてはいけない事が色々あるのに困った。

警察は、人身事故証明が必要なら退院日までに診断書を書いてもらわないといけないと言うし、保険屋さんは車検を受けた自動車工場にお願いするしかなくて、月曜にならなければ何も出来ないと言う状況です。

人身事故にするなら実況検分なので、診断書が必要です。
28日までに警察に報告を上げてください。
その後年明けに現場検証をするので立ち会ってください・・・と交通課担当の方は言われます。

事故車は代車だったので、修理工場に置いてありました。
前部がグシャグシャ、この状態で怪我が少なかったと思うし、人を巻き添えしなくて良かったと感心!している場合じゃないのですが・・・

後は保険屋さんの連絡待ちで、入院費の支払いなど色々解決しなくてはならないことがあります。
事故は夫が起こしたものですから、これからは本人にやって貰いましょうか・・・


その上、夫の義姉が尻もちを突いて腰の骨を骨折して入院してしまったと連絡が入り、替わりに病院に見舞いに.
亡くなった義母が85才だったし、私も85才になったとめっきり気弱くなり、寂しい顔を見せるので、つい亡くなった母を思い出してしまい涙ぐんでしまったわ。
でも、骨折部分は良くなっているらしいので、送りたがる病人をなだめなだめ一安心し退所してきました。


今年ほど、アクシデントの多かった年は無かったかも・・・
いえいえ、CS発症時はこんなものじゃなかったわね。
そうよ、何とかなるでしょう。

ケセラセラ~~
きっとね(*^^)v


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病   院

2011.12.13.08:42

天候に左右される洗濯や、屋外での用事に追われ疲れもピークに達してます。

羽毛布団や夏布団の洗濯乾燥も、バッチリできました。
南向き大開口窓の寒さ対策カーテンも、やっとの思いで取り付け、脚立を降りて見上げてみれば・・・シッカリ裏向いてます(泣)
しか~し、今日は見なかったことにしましょう(笑)

入院先に珈琲を持参、着くなり突然車イスを持って来てと言うんです。
トイレに行く~~大変。
看護士さんにお願いしに行けば、ベッドにオマルがあるでしょう。って。
本人はベッドで出来ないと急ぐのに・・・
連れて行って貰う間、病室の外で待っていればかなり時間が経って帰って来ました。

ICから呼ばれてたから、このまま検査にいきましょう~~って、また連れられて。
帰っていいからと夫が言うので、さっさと脱出。

清潔好きな夫は、痛みがあっても足もまがらないのに着替えたくて、毎日下着を着替えていたようです。
2回分を置いていたきたのに、足りないと不服を言われてしまった。

入院1週間と言われてたけれど、この状況で帰宅は難しいし、自宅介護はかなり困難でしょうね。
もう少し、自分の事が出来るようになるまで居て欲しいと考えます。

相談をしてこなくては・・・
さぁ、洗濯物を干したら、出かけましょう。
でも今日はコープ自然派さんの宅配日、風さんも歯科治療を済ませてやってくる。

忙しい忙しい~~

母の旅立ち

2011.10.14.08:10

2011.10.7日(金曜日)夕方。
最愛の母が、ホッと大きな息をつき静かに永久の眠りにつきました。
もうすぐで1世紀に手が届く98才でした。

無事葬儀、初七日も終えましたが、10数年の介護生活を通して深く傷ついた心は、回復までに未だ少し時間がかかりそうです。
記憶も留まってくれるわけがないので、思いつくまま記録として書き記すことにします。

……………☆☆
《母との暮らし》
母との穏やかな日々は、1998年9月25日「'98高知豪雨災害」で止まってしまいました。

1階にあった母の介護部屋が水没したため、水害翌日に市の福祉担当職員の勧めで介護施設に移り、この日から家族と共に過ごす当たり前の日常が無くなることになろうとは、誰も予測できるものではありませんでした。

自宅の修復が終われば、元通りの生活が始まると考えてました。
ところが、なんとか住めるようになったら、今度は激甚災害法による河川改修工事のため立ち退きとなってしまったのです。

疲労が重なる身体で、新たな土地を探し続けますが、被災者人数も大勢だったため、近場で希望する土地がなかなか見つからず、徒労で泥のような重い体を引きずる日々。
迫り来る期日に、精も根も尽き果て、正しい判断力を失いながら、ただ必死に前進するのみ。

もとどうり自宅介護を希望し、大急ぎで設計を進めやっと出来た新居に移転。
まさかと思う不幸なことに、シックハウス症候群を発症。

こうして、この水害が心の時間をロックし、深層意識に大きなストレスを刻み、折り重なるストレスに、私の体は悲鳴をあげていったようです。


それでも、母と住むという希望の通り、心身ともボロボロになっても介護を続けたのは、思考力判断力ともコントロール不可能になっていったようです。
ケースワーカーさんの判断で、施設介護に移行しお願いしてきました。
結果的に、寂しい日々を過ごさせてしまうことになったのです。

面会に行けば、「こんなところは嫌だぁ~~!。連れて帰ってよ~~」
オ~イオ~イと嗚咽し、すがりつくのです(×_×)
涙を堪えて笑いながら、また今度ね・・・
これを何度となく繰り返すしかなくて・・・
辛くて辛くて・・・(涙)

こうして10数年、施設も転々とさせられながら、母を泣かせてしまったことに、悔し涙と我慢とともに歩いてきたのです。

化学物質過敏症という病気でなければ、どうしようもない日々を悔やみ、ここまで自分を押し込める生活は無かったでしょう。
自分自身の症状は我慢できるのです。

でも、母にもそれを強いてきたことの後ろめたさは、どうしようもなく心を深く刺してしまったのは事実です。
母には何の落ち度もないのです。
家族と共に住むのは当然だったし、家族と会うのも当然だった。
それを、遠ざけたのは化学物質過敏症。

私が母を嫌ったのでは無いのです。
母も何も我が儘を言って困らせたのでは無いのです。
普通に、日常を送りたかっただけでした。

病院から連絡が入ったのは2週間前、もしもの時にはどうしましょう。
延命処置は望みませんので、本人の命のままにお願いします。
家族は、それぞれお別れの挨拶に出掛けてきました。

仕事から帰った次男に直ぐに病院に連れて行って貰ったら、私が到着するのを待ちかねたように、母の呼吸はだんだんか細くなっていくのがわかりました。
それでも、大きな愛に包まれるような穏やかなお別れの時間をもつこともできました。

こんなにも、長い間ひとりぼっちにしてしまったのに、最後はそんな私を許してくれたかのような母の暖かい愛に、ただただ感謝しかありません。

とりとめもない文章を羅列してますが、これから手を加え訂正するかも知れません。
読まれた方にはすみません。
まだ、心が定まっていないのでお許しを・・・

どんな言葉でも、表現できるものではありません。
今も、まだ泣くことができないのです・・・

母の主治医から

2011.09.20.20:16

今日は、風さん桜邸に移動の日です。
コープ自然派さんの宅配も届き、留守の3日分の食事の用意をしていたら、携帯に連絡が入りました。

この携帯電話は、母の施設とゆるゆる仲間のホットラインになっています。
今は、病院の主治医からでした。

ここ最近、母の医療をどうするかについて、色々話し合い家族の同意のもとに、あるがままに全てを受け入れることにしたのです。
つまり、最先端の医療による延命処置は受けないということです。
昨年11月より、介護施設から病棟に移ってからは、ずっと寝たきりで、だんだん体も動かなくなっていました。
http://mamasanndesu.blog5.fc2.com/blog-entry-1061.html

今日の連絡は、肺炎を起こし、喘息も伴っていてここ何日間で体力が落ちています。
悪い状況になっていますので、お知らせをします・・・談
そうですか。ありがとうございます。

そう言って電話を切ったものの、ぼ~っとしてどうしてよいのか・・・

夫と次男が仕事ではなく、私が自宅に居るという3人が揃うことはなかなかなくて。
でも、今日から治療に行く予定だった・・・
・・・会いに行くのに何も理由はいらないのに、台所を片付けたり、何だかんだと時間が過ぎていくのです。
やっと、今週の治療は中止し、自宅にいる事に決めて行動することにしました。

また、今日は、風さんはお父様の病院に洗濯物を取りに行くためにお母様を送迎することになっていたり、norikoさんはお世話になった親族のお葬儀に参列するために私宅に立ち寄ってくれていて、身辺が何だかザワザワとしています。

介護は、発症者でない方でも多くの問題がありますが、CS患者は家族介護をすると言う事は本当に言葉で語りつくせないような困難がつきまとうのです。

自分自身の問題、介護施設や医療現場とのコミュニケーション、ひとつひとつ、何度も何度も同じことを繰り返し伝え続ける継続的な努力が必要となりました。
勿論行政にも、申請やお願いも必要です。
思考力低下によるのも、これらのことが難度を増加させていく一因で、スムーズに伝えられません。

耳で聞いて、一度時間をおいてから、やっと事態が理解できる、まるでスローモーションです。
緊急事態に対応するには、この脳細胞をフル回転しても、ちょっと間が空いたり、何度か繰り返しお聞きするのは仕方がありません(苦痛)

こんなことを続けて11年が経過、母の人生の全てを覚悟を持って受け止める日が近づいています。
どう表現して良いのかわかりません。

シッカリしなくては・・・

母の衣類

2011.08.31.21:12

母がお世話になっている病院から、預かっている衣類を持ち帰るようにと連絡があり、家族に取りに行ってもらったのです。
大きなビニール袋2つと、入院用具や写真、入れ歯なども。

体が曲がり、服を着て靴を掃き散歩するとかがもう出来なくなって、今後快復の見込みがないので収納場所もなく引き取りをする必要があったのです。

湿度が高く天気も定まらないので洗濯や片づけが出来ずに、ベランダにそのまま置いてあったのを、やっと袋を開けたら、施設での洗濯用材のニオイが充満し、とても触れるものではありませんでした。

衣類を袋から出して広げ、ニオイを飛ばすようにしばらく風晒し。
強烈な天気が続く今週、酸素系漂白剤と竹の湧泉でお湯洗いをしてみたら、何とかきついニオイは減少したみたいです。

後は風晒しです。
強烈な太陽と風を味方に付けて、2日でかなり良い状況までになってきたからもう少し続けてみたかったのに、台風の影響で湿度も高くなりスコールのような雨がやってきたので、一応今日で終了することにします。

洗濯物はきちんとたたみ、ビニール袋2つ収納し、母のクローゼットに入れてあります。
もう、着ることも無いでしょうが、一つ一つ私が買ってあげて喜んで着てくれていた楽しい思い出のいっぱい詰まった服ばかりです。

小柄な母なので、私が着られるかと言えば、それはどうなのかわかりません。
かと言って、処分するのはまだ出来ません。
もう少しだけ、母と共にいたいと願う娘です(v_v)

心ほぐれる言葉

2010.12.31.09:00

私ごとです。
人はわがままなのですね。

97歳の母が、夏以降体調不良が続き、入院も4ヶ月過ぎに延命治療をお断りしてからは、自分自身の心身不調も加わりました。
会いに行きさえすれば、優しい母の笑顔に会え、元気を分けてくれてたのが当たり前のような日々。母は自宅介護希望で、先端医療を受ける気持ちは無く即答してしまったのです。

少し時間を経た年の瀬。
年末寒波とかいわれる寒さなのか、大掃除もまるで進まずパス、優先順位を変更し、ご先祖様の墓参り&菩提寺のご住職にご挨拶をしてきました。
前ご住職にお会いでき、日頃のご無沙汰のお詫びと母の近況をつたえると、このような話ををして下さいました。

お別れすることはとても寂しいけれど、大切なのは残される家族がどう見送るかということです。今あなたが、多くの時間をもらえているということは、自分の心の整理をさせてもらえているのですよ。それもお母様の優しさでしょう。
寂しさに涙し心を揺さぶられることもあっても、その時を過ぎれば感謝と共に過ごした楽しい事や思い出が静かににじみでて、気持ちが落ち着いてくるものです(上手に書けませんが)・・・と。

3日前、あなたの事がふと気になったのはお会いする日が近かい知らせだったのですね。
あなたは、いつも咳き込んで苦しそうにしてらしたから、こんなにお元気になられて嬉しいですよ。良かったですね。


そうです。
私は今、まだ少し涙ぐむ時もあるけれど、ありがとうの感謝が多くなり、随分落ち着くことができてきたように思うのです。

今日はきっと、このようなお話をお聞きしたくて自然に足が向いたのでしょうね。
夫の運転で、いつも通る道を一筋間違い迷い込んだ場所が、菩提寺近くだったことも不思議です。ご挨拶に伺うことは話して無かったのに・・・

一年の締めくくりに、心の整理をすることが出来て本当に良かった。

その後、県外にいる姉にもこのことを話したくて電話をしようとしたら、めったに連絡のない姉からかかってきたのにもビックリ!

母がいつまでも頼りない私たちを心配して、このような手配りしてくれたのではと思う出来事でした。
きちんと独り立ちしなくてはいけませんね(*^_^*)

CS患者の介護問題

2010.12.26.14:29

私は家族の介護問題を抱えているのですが、他にも何人かいらっしゃいます。

自分自身の体調管理は勿論、家族の為に食事やその他家事もこなさなくてはいけません。
そして、加齢による体力の減少も加わり、思ったような行動は出来なくなっていくのです。
先々の不安がストレスとなり、より不調を招いてしまう状況もでてくるようです。

私の体験を少し話しておきます。
母の介護の為お願いした訪問介護やデイサービスの送迎時の職員さんとの接触、又帰宅時の母に付いてくるニオイが苦しくてたまりませんでしたし、持病に骨粗鬆症があるので、痛みを訴えれば塗り薬、湿布薬と投薬があり、紙オムツも使用するしポータブルトイレの為排尿からのニオイも化学物質臭で、ますます症状が変化していきました。

寝室も母を介護するために作った部屋なので、シキリが壁では無く3枚の戸で開閉出来る仕様にしてもらった為、当然ニオイはそのまま自室に漂ってくる状況で、ドンドン症状が悪化。
それでも、放っておけないので、目眩や吐き気で這い回りながらも介護を続けてしまったのが、いけないのですね。

今では随分知られた介護支援制度ですが、10年前当時ケアマネージャーさんに相談したらと誰も教えてくれませんでした。
その上、母を自宅介護しながら暮らしたいのが私の希望だったものだから、なかなか人に頼ろうとして情報収集しなかったことが事態を益々悪化させていったように思うのです。


それではどうすれば良いのかと言われれば、これが答えだという正解は判りません。
困ったらいつも誰かに助けを求めなさいとは言いませんが、色々状況判断をしつつ相談も必要です。

何でも自分で・・・などどこだわっている場合ではない時には、どうぞ周りの人に相談してください。
行政にも、市民相談センターと言うような場所もあるので、一時自分の休養もできるような環境を作ってみるのです。

また介護が出来る時がくれば、その時はまた寄り添ってあげても良いのではないでしょうか?
自己犠牲の過大評価をしてはいけません。
ゆとりのない身体では心も病んでしまうので、過酷な介護はそれに拍車をかけてしまう場合も出てくるのではないでしょうか。

CSでの孤立も苦しいけれど、その上に介護を抱えての孤独はより多くの体調不良を起こし、益々難しい状況に陥ってしまいます。
是非専門職に相談してください。
その時にはCSの説明もきちんと出来るよう資料もたずさえ、時にはどなたかとご一緒に話を聞いてもらえる機会をつくれば、問題解決に向け何か道が見つかるかも知れません。

行動アクションを起こさなければ、何も動きません。
まず、自分の心に話しかけてください。
自分はどうなりたいのかしら?・・・って。

アドバイスをしてくださった方には、心から感謝しましょう。
そして、その後こんなことをしてみて、こういう結果がでました、等々必ず報告しましょう。
相談を受けた方は、いつもどうなっているのだろうかと気にかけてくださっているのです。
それを欠いてしまっては、人間関係にも支障が出る場合もあるのではないでしょうか。
勿論、そのような方ばかりではないのですが・・・


ホウレンソウを約束しましょう。
報告、連絡、相談ですよ~~(*^^)v

母の医療介護

2010.11.29.15:06

今年の猛暑で弱った母は、肺炎を起こして病棟に移って医療介護を受けています。
いつもは1ヶ月足らずで、介護施設に戻って来るのでもうそろそろ?と思っていたら今回は少し長引いているのです。

気にはなっているのですが、施設内の空気は10~20分が限度、病棟環境はお年寄りが多いのも関連するのでしょうか殺菌消毒等でよりダメージが強く5分でも難しい状況で、病棟看護士さんから時々電話連絡をもらいながら、母の状況把握しているのが現状でした。

先週の連絡は、母が点滴チューブを外してしまうので栄養が送れなくなることがあるとか。
その件で担当Drから話しがあるとの事、やはり出かけるのは難しいと伝えると、実はこのままでは身体に栄養が送れれない状態になるので、胃に直接栄養を送る手術をしてはどうでしょう?と言われました。

こういう事態の為、我が家では日頃からどのように医療を受けるかという話し合いをしていて、迷わずチューブはいれないで欲しい、これは元気なころからの本人の意志ですと伝えたところ、了解のうえ今後も家族と連絡を取り合いながら看護に当たってくれることになりました。

今年97歳の母は小柄で小さい可愛い人です。
防毒マスク姿の私を、娘と確認できるまでしばらく時間がかかりました(笑)
マスクを外すと呼吸困難もありる、外すことは難しいのです。

今日は入浴日だったようで、施設の手続き等を済ませ私は一旦外に出て時間を見計らい再度ベッドにいくと、ほっぺをピンクに染めお気に入りのピンクのパジャマに着替えて目をつむっています。
声をかけてみたけれど疲れて眠いのでしょうね目が開きません。

今日はもう帰るね。と言ったら片手をヒラヒラ振ってバイバイをしています。
バイバイと声をかけるとまだヒラヒラと手をかざしてはいるけど、もう目は開きません。
寂しくて辛くて胸の奥からこみ上げる思いを堪えながら、急ぎ施設の外に向かって一目さん。

足はヨロヨロ、胸はバクバク駐車場まで歩けないと夫に頼み、やっとの思いで乗り込むと、頭が割れるような痛みに襲われ目眩も出現、何ヶ月も病院に来ていなかったとはいえ、これほど症状がでるのは・・・。

土・日連続の孫守で疲れてはいたけれど、風邪シーズンなので以前とは違う殺菌剤が置かれていたような気がします。
どんどんバージョンアップするのでしょうか?

普通に母親に会いにいくことが困難なのは覚悟していたけれど、人生の終焉を迎えようとしている時に、せめて側に座って手を握っていてあげたい思いをぐっと堪え帰路につきました。

CS患者が抱える介護問題は、自分自身の体調と家族との長い道のりが待っていて、そして、その道程の中にこれから自分も入る日がくるのでしょう。

老いることは悲しくはありませんが、家族を巻き込む日々がはじまろうとしている感を、一日でも長く自立した老人でありたいと強く願わずにはいられない私です。

母が今度は脱臼?

2010.04.09.17:26

母の病院から電話連絡がありました。
肩が痛いと言うのでベッドから落ちた時に脱臼したのでは?
そこで整形外科に連れていきますので、同行しDrに合って話を聞いてください。

月曜日にやっとの思いで病院を訪れ、主治医との面接が終わったばかりで疲れが取れずの状態、その上に連続で病院とは・・・ちょっと返事に困ってしまいました。

しかも、治療の為に自宅を離れているものですから、自力で運転したら帰宅困難者になってしまう可能性がありどうしたものかと、即答ができないまま病院へは翌日にしてもらう事に・・・
結局、風さんの運転で出かけることになりました。

整形外科というのは、シップ薬などが強くアルコール臭も同じです。
母はレントゲン撮影や診察を受けるため入っていきましたが、私は入り口で待機。

待合い椅子はありますが、この建物内の空気はとても耐えられるものではなかったものですから・・・
また病院は、道路を挟んで段ボールリサイクル業の会社があり、パッカー車がひっきりなしに運転。
排気ガスと段ボールを粉砕する際に出る接着剤臭で、このままではとても危険。
しかし、居る場所は玄関先しかありません。
防毒マスク装着し、50分ほど立ちっぱなすことになってしまいました。

集中力は勿論、体力消耗が著しく、このままではもう駄目かもしれないと思うような状況でしたが、何とか持ち堪え、診察費用や書類なども玄関の外まで出てきてくださって処理をすませましたし、Drも外で話しをしてくれました。
それ以上のダメージはなく、何とか今日もクリアです。

母はそのまま元の病院に戻りました。
病院の寝台車の運転手と付き添いの看護士だけで、説明もほとんどないままですが、母の身体に大きな負荷が掛かっていないことも確認(脱臼では無く、石灰カスが蓄積し、痛みを発していました)、今後は痛みがあれば注射を打つしかないとのことですが、これもいたしかたありません。

CS患者が介護をするというのは、想像外のことも多くなかなか思うようにはいきませんが、たくさんの方々に助けて頂きながら、ひとつひとつ解決していくしかありません。

いつか自分もその日がくるのですが、介護される側になればもっと困難が待ち受けているのでしょうね。
その時までに、もう少し回復していられますよう祈るばかりです。

怪我などして、外科的な処置をしなくてすめば幸いですね。
気をつけなければいけません(*^^)v

PS:風さん、ありがとうございましたm(__)m

母の入院

2010.04.05.14:41

先週、治療で外泊中の携帯に施設から電話が入りました。

風邪から肺炎を起こし施設から病棟に入院しました。
病状は発熱ですが、高熱ではありません。
緊急にとはいいいませんのですが、Drからご家族の方に説明がありますので、来院してください。

えっ、肺炎ですか。
ビックリしましたが、点滴等要治療という段階と様子がわかり一安心。
治療を中止して飛んで行くべきでしょうが、私が今そこに出向いていっても、病棟はアルコール消毒ばかりなので帰宅が困難になるリスクが高いのです。

そこで、月曜日に家族の運転で出向きました。
Drの説明では、母は発熱も段々治まりつつあります。
後一週間ほど状況をみて、施設に戻り介護に移るようです。
ふ~、良かった。

母の荷物や、施設費の支払いや数々の書類にサインも必要です。
Drの説明を受けた時点で、空気環境に耐えられず退出することに、Drがポツンとシックハウス症候群だな~と。知っているじゃないですか。
でも化学物質過敏症ですとハッキリ説明、サインは玄関まで出てきてもらうことにして急ぎ移動、外の空気を吸おうとしたのですが、施設の車がアイドリング中、仕方なく室内で携帯酸素吸入、何とか事なきを得ました。

ナースの説明と3部の書類サインをしていると、相談員が契約更新書類の手続きの説明に。
・・・もうタイムリミットだと伝え、後日書類は郵送で済ませることにしてもらいました。

は~~~ヤレヤレです~~
またまた酸素吸入サービス!

以前なら、もっと状態が悪かったけどこれぐらいで済んで良かった~と息子。
そうです。今回はうまくいきました(*^^)v

CSは状況判断と対応さえ上手にすれば、この程度でおさまりますよ。

PS:体の強張り・揺れ・脱力症状です。集中力低下は強くでてません。
プロフィール

ままさん

  • Author:ままさん
  • 発症は2000年。きっかけはシックハウス?中枢神経障害に悩まされつつ、欲張らないよう言い聞かせての日記です。
    高知県南国市在住・60代・女性

    ゆるゆると、回復への道を歩いています。
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